医学部男女差別の話題が

東京医科大への裏口入学操作の過程で明るみに出た入学試験の男女差別の件。

この業界では広く知られたことらしく、女子を不利に扱う学校がいくつもあるとのことだ。

成績でとると女子の方が多くなってしまうからと言うのが理由だそうだが、その背景は医療現場で男性を求めているからと言うことらしい。

男性なら、当直させようが無理させようが構わない、出産で産休や育休をとらない(育休はとらせない)ということのようだが。労働環境そのものが異常なのであるが。

それ以外の根強い差別意識もあろう。

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 それにしても、この関係の話の中で、医学、医療に関心の無い医学生が多いという話も出てくる。生物学を学んだことがない医学生とか。

それもそのはずで、すくなくとも私立医大の学費3000~4000万円と、入学までにかかる莫大な教育費は、親が医者や弁護士など頭抜けた高収入ででもなければ負担が出来ない。医大に入ってしまえば9割近い合格率で医師免許を取れる。医師になってしまえば高収入が見込め、勤務医でも多いが、(条件付きだが)開業医になれば莫大な年収を得られる。言わば特権階級であり、医療そのものではなくその特権階級であるために子を医者にさせたい医師は大勢いる。その結果、医師の家系が出来て、全く医療に関心が無いのにむりやり医師にさせられている学生が大量に存在する。低偏差値医大には、そういう医師子弟が大変多いと聞く。

 自分の教え子でもそういう医師子弟が何人もいた。自分の授業をきっかけに医師を志したというものもいたが、若かりし頃のブラックジャックのようにヒマさえあれば医術の研究に余念が無い学生みたいなものは見たことがない。そもそも生物ではなく物理を選択しているケースも多かった。信じ難い話だが、実際そんなものなのだ。なりたくて医師になった医師は一部に限られるのかも知れない。

有無を言わさず強引に医師にさせるために教育虐待が起こり、精神に歪みのある医学生が量産される。ちょっと信じ難いような歪んだ倫理感がまかり通る世界でもある(医学部、医局とも。いや、医療系予備校ですら)。

仕事上のストレスから来るうつ病とは別に、虐待がかかわる精神疾患、BPDを患う医師もいる。

WikipediaのBPDの項にはこんな記述がある。

また医療・福祉従事者の中にもBPDが少なくないという点が、この問題をややこしくしており、援助者がBPDの患者に「振り回される」といった事態が往々として発生する。BPDの患者に対して義侠心を起こしたり、特別扱いしたり特例を設けるべきではなく、「けじめ」や「ルール」を持って接するべきである。援助者がBPDの患者を目の前にして、どうしても患者に過度に援助したいと思っているのならば、援助者側に問題があると考えるべきである。
境界性パーソナリティ障害 治療

この項目の参考文献にあげられている精神科医療援助者のための書籍を発注したので内容はまた後ほど確認するが、医療スタッフにはカウンセラーだけでなく医師も含まれると私には思われる。医療スタッフに精神疾患であるBPDが多いために問題が複雑になっているというのは驚きであるが、考えてみればそう言うものかも知れない。
臨床心理士は、そもそもカウンセラーになるきっかけが自分の心理的問題であることが多い。元BPDという人も結構いる。医師の方はと言えば、上記の理由でBPDになるリスクが高い。自分の精神に問題を抱える研修医が科を決める際、自身の関心が高い精神科を選ぶ可能性を指摘する人もいる。

自身の特性や経験がいい方に作用するのであればいいが、どうもそうとも限らないらしいから厄介だ。

問題を克服してカウンセラーになっている人は頼もしく感じるが、きちんと治療を受けたことがないまま医師を続けるBPDの人は、ちょっと遠慮したい気がするが。

 

補足

医師法(抜粋)

(免許の絶対的欠格事由) 第3条 未成年者、成年被後見人又は被保佐人には、免許を与えない。

(免許の相対的欠格事由) 第4条 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。

一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省 令で定めるもの

医師法施行規則(抜粋)

(法第4条第1号の厚生労働省令で定める者) 第1条 医師法第4条第1号の厚生労働省令で定める者は、視覚、聴覚、音声機能若 しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適正に行うに当たつて 必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者とする。

(障害を補う手段等の考慮) 第1条の2 厚生労働大臣は、医師免許の申請を行つた者が前条に規定する者に該 当すると認める場合において、該当者に免許を与えるかどうかを決定するときは、 当該者が現に利用している障害を補う手段又は当該者が現に受けている治療等に より障害が補われ、又は障害の程度が軽減している状況を考慮しなければならな い。

要するに、精神疾患があっても寛解状態であれば免許は取れるし、剥奪もない。しかし、問題が大きければそのリスクがある。逆に言えば問題があっても治療を受けることがないまま隠してしまう事が起こりえるだろう。高機能型BPDは特定の人物に対して問題行動を起こすので、通常の業務には支障をきたさない。リスクを考えればあえて治療を受けない可能性が高い。結果、BPD医師が野放し状態になってしまうのかもしれない。

うつ病の治療に幻覚剤?

マジックマッシュルームが「重度のうつ病」治療に有効:研究結果

インペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)が行った臨床試験により、マジックマッシュルームの幻覚作用成分「シロシビン」は「治療抵抗性うつ病(TRD)」にも作用することがわかった。

TEXT BY EMILY REYNOLDS
TRANSLATION BY HIROKI SAKAMOTO/GALILEO

WIRED (UK)

https://wired.jp/2016/05/30/psilocybin-depression/

類似の研究は昔からあったような気がするけれど、興味深い。

Wikipedia うつ LSD
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%81%86%E3%81%A4+lsd&oq=%E3%81%86%E3%81%A4%E3%80%80lsd&aqs=chrome..69i57.4498j0j7&sourceid=chrome&ie=UTF-8

記事はこっちの方がすこしいいかも。

LSDやマジックマッシュルームはうつ病患者のダメージを受けた脳を治す

GIGAZINE2018年06月13日21時00分
http://topics.smt.docomo.ne.jp/article/gigazine/trend/gigazine-54501

LSDやMDMAといった薬物に機能の退化した脳細胞同士を再接続させる効果があることが、新たな研究で示されました。このような作用はうつ病治療の臨床試験で使用されているケタミンと同じものであるとのことです。

Psychedelics Promote Structural and Functional Neural Plasticity: Cell Reports
https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(18)30755-1

LSD and magic mushrooms could heal damaged brain cells in people suffering from depression, study shows | The Independent
https://www.independent.co.uk/news/health/psychedelic-drugs-brain-repair-lsd-depression-anxiety-lsd-dmt-amphetamines-ketamine-a8395511.html

カリフォルニア大学の研究者たちは、多くの国で禁じられるLSDやMDMAといった薬物が、投与期間中の範囲を超えて「脳を再接続する効果を持つ」ということを実験で示しました。この研究結果は、LSDやMDMAが精神障害(心の病)の次世代の治療方法として活用できることを示しており、2018年現在に取られている方法よりも安全に高い効果を見込める可能性もあるそうです。

研究チームはこれまでに、ジメチルトリプタミン(DMT)という物質の影響でラットが電気ショックの恐怖を克服することを発表していました。研究チームによると、DMTはラットの脳の神経細胞から伸びる樹状突起の数を増加させるとのこと。樹状突起は電気刺激を1つの神経細胞から別の神経細胞に伝えるもので、脳の活動を支えています。そして、精神障害を患う人は、樹状突起の機能が退化していることも知られています。

研究を行ったデイビッド・オルソン氏によると「うつ病の人の大きな特徴の1つは前頭前皮質の軸索にあります。前頭前皮質は感情・ムード・不安といったものを制御する部位ですが、うつ病の人はここの軸索が縮んでいるのです」とのこと。このような脳の変化はPTSDや不安、依存症によって発生し、脳細胞を再接続することが問題解決につながるとみられています。

Cell Reportsで発表された新たな研究では、DMTやマジックマッシュルームに含まれるトリプタミンや、LSDやMDMAに含まれるアンフェタミンについて、実験が行われています。研究施設内で人間の脳細胞、ラット、ハエなどにこれらの物質を投与したところ、一様に脳の接続が向上したとのこと。うつ病の治療薬として注目されているケタミンと比較したところ、多くの化学物質はケタミンと同程度か、それ以上の効果があることもわかりました。

ケタミンの鼻腔用スプレーは、他の治療では効果がなかった自殺願望を持つうつ病患者に対して効果を発揮したとして、いち早く臨床試験の段階にあります。しかし一方で、乱用の可能性や他の精神病を引き起こすリスクなどについての検討の必要性が指摘されています。

オルソン氏は「気分に対するケタミンの即効性や可塑性は衝撃的です。我々が取り掛かっている大きな疑問は、他の化学物質がケタミンの代用になりえるか否かということです」と語りました。このような薬物がニューロンの構造を変えるという仮説が明確に示されたのは、今回の研究が初めてだとオルソン氏は述べています。

なお、LSDなどと共に医療用大麻の有効性も近年は注目されているところで、2018年6月12日にはてんかんを患う12歳の少年、ビリー・コールドウェルさんが医療用大麻油を空港で没収され、発作に苦しんでいるということが報じられています。

Photo by Ryan Haran

スプリッティング

自分の体験に合う気がしたので、引用したい。

https://twitter.com/miyabimatsuoka/status/1024643000947826688

https://twitter.com/miyabimatsuoka/status/1024643004865241088

ブログの仕様でうまく貼り付けられていないけれど(ヒマがあったら貼り付け治す)、一連のツイートはとても良くわかる。

BPDらしき人に大昔と最近スプリッティングの対象にされたのだけど、やっぱり自分を特別に思っていたし、特に大昔は私を突然憎悪してからも何年間もひたすら憎悪し続けていた。

それだけエネルギーを向け続けるというのは、よほどの関心を向けているからだ。愛情の反対は無関心だから。

当時の私は親の支配から逃れるような手助けをしていた。それが直接のきっかけだったのだろう。

大昔も最近も、敵として憎悪のスイッチが入ると憎悪するだけでなく一切接触を断たれてしまうので、どうにもならなくなる。大昔は対人操作もされて信頼している人から吐き捨てるような言葉を掛けられてしまったりもした。

 

完全に記憶が分断された人格ではなかったようだけど、これもそんな感じだった。3つの人格に受け入れられていた感じだったのに、私を憎悪する別の人格が登場したような印象だった。このあたりはよく分からない。全く理由が不明ながら突然憎悪されて以降,ほとんど接触がなくなったので。たった一度よこしLINEでは、尋ねたこと、突然変わった理由は説明せず、嘘や事実のねじ曲げ、責任転嫁しかかかれていなかった。

そういう感じだった。普段猫をかぶったような人格で相手をされていたのだけど、私のいないところで突然短時間だけ憤怒する人格に入れ替わって怒鳴っていることもあった。

幼児期記憶は蘇る?

TOCANAなので、鵜呑みには出来ないが。

【朗報】赤ちゃんの時の記憶は消えていなかった事が判明! 誰でも脳にレーザー刺激で蘇る… 常識崩壊!(最新研究)
http://tocana.jp/2018/07/post_17545_entry_2.html

ネズミの実験だが、大人は覚えていて、同じ状況では恐怖で動かなくなってしまう体験を、幼いネズミはすぐ忘れてしまうと言う。幼児期健忘であると。

このネズミの海馬にある歯状回をレーザーで刺激してやると、その恐怖を思い出し動かなくなるそうだ。

幼児期健忘は、記憶がなくなるのではなく、記憶を読み出せなくなるためということになる。

この時期の満ち足りた記憶と、どうせ覚えていないからと邪険に扱われた記憶は、意識に登らずともその後に大きく影響しているのかも知れない。

もちろん、成長期の脳への刺激は、当然脳の成長に影響するであろうから、これがその後のいろいろな問題の原因になっているだろう。海馬や前頭連合野への影響は知られる。

【BPD】引き裂かれずにはいられない

興味深いブログに遭遇したので引用。BPDの方によるもの。

◆Sweet Poison Juicy Syrup

この世で一番難しいもの。
言葉。

この世で一番簡単なもの。
セックス。

言葉は、気持ちのどこまでも一つ一つ拾い上げても、
真実の欠片も語りつくせない。
いつも、口にした瞬間に、そうじゃない、とどこかで思う。

セックスは、何もかも、ごちゃ混ぜにする。
お互いの隙間もすれ違いも誤解も何でも、
快楽だけはシンプルで分かりやすい。
快楽を感じないセックスも、シンプルで分かりやすい。

言葉は、いらない。

言葉を失って赤ちゃんからやり直した。
セックスに溺れて、セックスでいつも体を壊し、気絶を繰り返した。
リストカットは、いらなくなった。
切り刻むかわりに、全身をサンドバックにすることにした。
セックスは、いつも痛くて気持ちよくて乾いていて生々しい。
言葉よりナイフ、ナイフよりペニス。
自傷の道具は、シンプルさを極めていった。

道具がシンプルになればなるほど、混乱して壊れていった。
殴り続けて踏み躙りすぎた脳と体と心は、ぐちゃぐちゃになった。
脳も臓器も痛みも悲しみも怒りも喜びも快楽も、
ペニスでぐちゃぐちゃにミックスされて、どろどろのジュースになった。

純度100%ミックスジュース。
いつでも躊躇わず飲み干した。
胸につかえているイガイガした言葉が、
どろどろのジュースと一緒に、するりと融けて胃に落ちる。
だから、今日も生きられる。
味わいたいものも、味わいたくないものも、全部混ぜてしまえばいい。
甘いような苦いような味がする。
まるで子供の頃にのんだ、風邪薬のシロップ。
http://xxcotorixx.blog120.fc2.com/blog-category-16.html

 

これは過去の投稿の引用で、これについて以下の記述がつけられていた。

つまり私は、私をお姫様のように甘く大切に扱ったかと思うと、サンドバッグのように無慈悲に足蹴にし、殴りつけ踏み躙る人間が必要だったのだ。その両極で自分を引き裂き続ける痛みが必要だったのだ。

それは、愛じゃない。
それは毒。
それは刑罰。
それは残虐。

たとえどんな理由で望む残虐でも、引き裂かれて痛くない人間はいない。

愛情とは一貫して揺らがないから強い。
強いから信じられる。
信じられるから、あたたまる。
あたためられるから、また生きてゆける。

だけど、愛情を求めながら引き裂く人間を求めずにはいられなくなることがある。求め始めたら、止まらない。出口が、ない。

当時の苦しみを、まざまざと思い出す。
私は自分が子供の頃から飲まされた毒を、他人に飲ませたり飲まされたりして、愛情ごっこがしたかった。
ごっこ遊びに命を懸けて、あと少しで壊れてしまう心を懸けて、全身全霊で愛情を探した。真っ暗闇の中、死に物狂いで、手探りで。

だけど、毒を煽った目で耳で声で腕で探したって、そこに温かい腕はなかった。
傷だらけの体と傷だらけの心が残った。
瀕死の体と心では、私はどこにも行けなくなった。

愛情を求めながら、自分を引き裂く人間を求めずにいられない。

まさに自傷行為だ。

自分を傷つけずにはいられない。正気とは思えないような心理。そうすることで自分の存在を確認する。

 

あるBPD的に見えた人は、自分を縛り付け支配する相手が欲しいと言っていた。相手を縛り付けることも必要だよ、と。

でも、縛られすぎると逃げるとも。

虐待親の元で育ち、問題のある人との共依存を繰り返してきた人なのでその方向で理解していた。だが自傷行為として、愛情と共に自分を引き裂いてくれる人を求めていたのかもしれない。それも結局は子供時代の虐待と同じ状況を求めての共依存という理解でいいのかもしれない。

リストカットはしない。過去にODはしていたかもしれないが不明。あまり自傷行為が目立たない高機能型の人だったが。

 

 

 

精神科医選び

カウンセリングマインドのない精神科医への不満は、よくネット上でも見るし、聞きもする。心の問題を抱える兄弟に精神科受診を勧めたが、ほとんど何も聞いてもらえないままに軽いうつ病だと診断され抗うつ薬を処方されたと憤っていた知り合いもいる。

カウンセリングを受けたくとも、保険診療なら精神科医の見立てを介さなければならないが、当たった精神科医の判断に大きく左右される。

身体に関することであればほとんどの場合、他覚的知見が得られる。血液検査、画像診断等で問題を客観的にとらえることが出来る(とらえ切れていない、そもそもとらえるベースとなる知見がないこともあるが)。しかし、精神医学領域の場合、外傷以外は目に見えない。いくらかの検査はあるが、精神科医の観察によるところが大きい。診断に時間がかかることが多く、判断のブレもかなりある。

病名も診断基準もコロコロ変わる。患者の症状も時代環境によって変わる。確かなものがなさ過ぎる。

治療ともなれば、治療者との関係が良好でなければどうにもならない。

医者選びは大切だ。特に精神科は人間性、力量、相性でよい医師を探さないとうまく行かないかも知れない。

こんな記事もあった。

“持論”を押し付けてくる精神科医は要注意

信頼できる精神科医の3条件とは

http://president.jp/articles/-/24440

 

プレジデントの記事であるのがちょっと嫌だが、参考にはなるだろう。

ここで困った精神科医として出てくる

タイプ1:すべて脳に問題があるとする医師。特徴は内科的で切れ味がいい。しかし、心理的・環境的要因はほとんど考慮しません。「器質論者」とも言います。治療は薬物一辺倒になりがちです。

が、若手を中心に多いように聞くことがある。医学部のカリキュラムではほとんど精神分析を扱わないため、精神科医自身はDSMに沿った診断と投薬治療、それに当てはまらないものは心療内科及びカウンセリングに回す、という運用が病院では行われているとも。

 

(この投稿は、大幅に文章を削って加筆し、再投稿しました)

自他の境界が曖昧

これも興味深い説明。

境界性パーソナリティ障害と自他の境界線の曖昧さ2:ストレス耐性の低さが生む判断基準の硬直化

自分の視点と他人の視点を同一化してしまったり、自分の感情と他人の感情を混同してしまう事で、自分とは異なる『他人の意見・感情・考え方・好き嫌い』を許容しづらくなり、自分の期待や要求に応えてくれない他人に怒りや暴言、不満をぶつけやすくなる。家族・恋人など親しい関係にある他者が、『自分の意見・要求・感情』に合わせてくれない事に対して、“怒り・不満・いじけ・悲しみ(寂しさ)”を感じる事自体は珍しくはないし、多少は誰にでも起こる感情だろう。

しかし、境界性パーソナリティ障害(BPD)では『他人が自分と同じように考えて行動・反応するのが当たり前』という自他の境界線の混同が生まれるので、自分が好きなもの(嫌いなもの)は相手も好き(嫌い)なはず、自分の主張や考えに対して絶対に賛成・応援してくれるはずという思い込みが強くなり、他者との人間関係に対する怒り・不満・悲しみが爆発しやすくなるのである。

BPDの人でも、自分と他者が異なる別々の人間であり、自分と同じではない独立した人格であることは“意識領域”では分かっているのだが、“無意識領域”では相手が自分の期待・要望に応えてくれるのが当然(自分を愛してくれているのであればそれくらいはしてくれるのが当然)という認知を捨てきれず、『他者に対する怒り・不安・見捨てられ感』に捕われて苦しみやすくなってしまう。

境界性パーソナリティ構造(BPO:Borderline Personality Organization)やそれに近似する性格傾向を持つ人は、以下のような場合に自己と他者の境界線が曖昧になりやすくなる。

1.本人の『ストレス耐性』を越えるような強いストレスやフラストレーションに晒されている時。

2.甘え・依存が許されやすい『親密な人間関係(恋人・家族・親友との関係)』の中にいる時。

3.その場で何をすれば良いのかがあらかじめ決まっていない『構造化されていない関係・状況』の中にいる時。

BPOの人格構造を持つ境界性パーソナリティ障害(BPD)は、自己アイデンティティが拡散しやすく対人関係も不安定なので、一般的にストレス耐性(フラストレーション耐性)が低くなりやすいが、そのストレス耐性の低さが自他の境界線の混乱に加えて、『BPDの持つ本質的な問題・原因からの逃避と転嫁』を誘発するのである。

BPDの持つ本質的な問題・原因には、『対象恒常性の欠如による対人不信(その裏返しのしがみつき・依存性)・自己アイデンティティの拡散による目的喪失(自分ひとりでは何を頼りにして生きていけば良いか分からない)』などだが、ストレス耐性の低さによって目先の小さなトラブルや相手の些細な反応、今の時点での不快感・寂しさばかりに意識が向かいやすくなってしまう(=逃避・転嫁を促進してしまう)のである。

自分と相手の視点を同一化してしまう事で、『物事・言動に対する判断基準』が自己中心的に一面化してしまい、『相手がどのように感じているか・なぜその反応を返してくるのか』ということに対する想像力がなくなってしまう問題もある。

自分の好き嫌いや善悪の分別、快と不快の感覚が『物事・言動に対する判断基準』のほぼ全てになってしまい、その独善的・自己中心的な基準に見合わない反応を返してくる他人に対して、強い不信や激しい怒りを感じてしまいやすい。その結果、『自分のためを思ってくれた上でのアドバイス・苦言』などが殆ど耳に届かなくなり、自分の感情や主張を無条件に受け入れてくれるだけの“イエスマンのような存在(絶対に反対しない裏切らないように見える存在)”でないと、安定した安心感のある心理状態を維持しづらくなってしまうのである。

http://charm.at.webry.info/201207/article_19.html

 

BPDがパートナーを自分と同一化してしまうために、自分との差異を許せなくなってしまうと言うこと。

 

 

境界性パートなりティ構造については面白い考察があった。

参考にされたし。

なお、この中の

個人的には境界性は邪悪だと思っている。僕自身が診断されているのだから、これは悪口ではない。愛着障害だけなら邪悪さはない。しかし境界性は人を相当意地悪く試そうとしたり、操作しようとしたり、裏切られたと感じた時には猛烈な復讐心を燃やす。総じて害意が強い。そして自己愛性と並んで「フェアネス」の感覚が欠如している。一方的に要求を叩きつけ、それが叶えられる事を期待する。

というのは、自分の場合実感として感じていたことで、非常によく分かる。自分勝手にいったん「悪い人」と見なすと、まさに邪悪そのものになる。傷口に塩を塗り、いたぶるようなことを平気でする。ただし、

 しかし、この邪悪さは子供のような無知さや想像力の弱さによって起きている場合もある。自分のやってる事を相手の目線で見る習慣をつけ、フェアネスの感性を磨くと、短期間でも見違えるほど改善する。下位承認を求めるのをやめて(これが一方的な要求の根拠になりがちだからだ)、対等な関係を築く。どっちが上だ下だとか言い立てるのをやめ、被害者に回り込むのをやめる。被害者根性を捨てること。公明正大な人間であろうと努力すること。これだけでも相当に改善する。自己愛性に比べたら、境界性は改善が容易だ。

間違えてはいけないのは、「他人に良く思われよう」ではなく「良い人間に自らなろう」と考えること。他人に良く思われようとすると依存性が悪化したり、ズルさを身につけてしまい自己愛性に進みやすくなる。自己評価が一定しないとか自分の価値観が一定しないのが境界性という説もあるので(僕はこれがまったくないけど)、そう感じたらまず「自己確立」を目指すのが良い。「自分をしっかり持つ」。そうすれば他人の評価や判断に振り回されにくくなる。

としている。なるほど、そうした認知の変容があれば、改善はあり得る。

ただ気になるのはここでも自分を分析的に見る能力のある人かそうでないかという問題だ。このブログを書いた方は明らかに前者であるが、後者は考えない、自分を見ない、逃げるなので、他人に働きかけられてもなかなか自分を変えようと思わないだろう。

 

 

うつは言葉に出るらしい

ウォールストリートジャーナルの記事から。

「うつ」は言葉に出る、その一言を変えるヒント

口にする言葉そのものが重要だと心理学者は指摘

By Elizabeth Bernstein
2018 年 6 月 13 日 09:44 JST 落ち込んでいる人は自分の言葉に注目するといい。コンピュータープログラムを使って人の話や文章を分析する機関によると、「うつ」状態にある人の言葉は内容も単語の選び方も大きく変わる。落ち込んでいる人は「私」を使う頻度が高まる傾向にあり、これは自分への注目が高まっているしるしだ。また、過剰すぎるほど白か黒に分けるような思考を反映する絶対的な言葉が多くなる。人は落ち込むと話し方が変わることは研究者の間で長らく知られていた。具体的には、声が小さく、抑揚がなくなり、話をやめたり再開したり休んだりと不自然になる。だが最近の研究によると、落ち込んだ人は使う単語も違う。

テキサス大学のジェームズ・W・ペネベーカー教授(心理学)によると、落ち込んでいる人は微妙なニュアンスに配慮せず、そのことは使う言葉で分かる。

がんなどの疾患と違ってうつ病にはバイオマーカーがないため、療法士は患者が訴える症状や分析を頼りに診断を下しているのが現状だ。いずれもかなり主観的になり得る。先週亡くなったデザイナーのケイト・スペードさんとシェフのアンソニー・ボーデインさんは自殺したとみられており、うつ病の診断・治療がいかに難しいかを物語っている。

3月に専門誌「ジャーナル・オブ・パーソナリティー・アンド・ソーシャル・サイコロジー」の電子版に掲載された研究では、米欧の大学の研究者が「うつ」の度合いを測るため、米国とドイツの6施設で4700人超に質問をしている。恋愛相手との最近の破局や生活満足度、全般的な思考や感覚などについて被験者に記述してもらい、その言葉をソフトウエアが分析した。その結果、落ち込んでいる人はそうでない人に比べ、否定的あるいは悲観的な言葉が多かったほか、1人称の代名詞が目立った。

論文を執筆したペネベーカー教授によると、人称は関心の対象を示す。関心が他人に向いている人は3人称の「彼」や「彼女」を使う。人間関係への関心が強ければ「私たち」だ。これに対し、「落ち込んでいる人など、自分のことを考えている、つまり自意識が強い状態にある人は『私』(Iやme)を使う」という。

1月にク リニカル ・サイコロジカル・サイエンス誌に掲載された一連の研究によれば、「うつ」の人は世界を白か黒かで見る傾向にあり、絶対的な考えを示す「しなければならない」「完全に」「すべきだ」「常に」といった言葉を使う。

英レディング大学の研究者らはこの研究で、「うつ」、不安障害、自殺願望に関するインターネット掲示板のメンバー合わせて約6400人の言語を分析。ソフトウエアを使って絶対的な言葉の割合を計算した。「うつ」のフォーラムと不安障害のフォーラムでは使われた言葉の約1.5%が絶対的なもので、比較対照のフォーラムでの割合を50%上回った。自殺願望フォーラムでは約1.8%とさらに高かった。

絶対的な言葉はなぜ悪いのか。人は自分がそれを使っていることを認識せず、否定的な思考を強める可能性がある(例えば雨でバーベキューが中止になった時に、「いつもこうだ」と言うのは「6月は天気が予想できないことがある」よりずっときつい)。

心理学者らによれば、言葉は思考回路を変えるのに役立つ道具になり得る。筆頭執筆者のモハメド・アルモサイウィ氏(レディング大学)は「言葉に出すことで、それが内面に定着するケースは非常に多い」と話している。以下はその対策。

* 言葉が伝える思考だけではなく、口にする言葉そのものが重要であることを忘れない。否定的な言葉を肯定的な言葉に置き換えられない場合でも、もっと正確かつ中立的な言葉を探す。「このパーティーはひどい」ではなく、「このイベントは私向きではない」と言ってみる。

* 絶対的な言葉を排除。目標や関係性については特に気をつける。結果が期待に沿わなかった時にひどく落ち込む恐れがあるからだ。避けるのは、常に、決して、何も(ない)、なければならない、あらゆる、全体的に、完全に、絶えず、全体に、全て、間違いなく、完全な、100%、といった言葉だ。代わりにあいまいな言葉を使う。「決して好機をつかめない」ではなく、「うまくいかないこともある」といった具合だ。

* 書く。日記をつける。意識の流れについて書く練習をしてみる。友人あての電子メールを書く。それから使っている単語を分析する。あまりに否定的または絶対的すぎないか。全て自分に関する単語か。そうした文章は変え、話す時もそうした単語に気を付ける。

* 信頼する人に、絶対的ないし否定的な単語や文章を使っていたら指摘し、変更を促してほしいと頼む。自分の言葉より人の言葉の方が気づきやすい。

* 絶対的な言葉に代わる決まり文句を作る。例えば、「いつもこうだ」ではなく、「今回はこうなった」と言う。それを付箋に書き、見えるところに貼る。スクリーンセーバーにする。その言葉を刺しゅうした枕を作る。

* 「私」という単語に気をつける。大半の文に「私(Iやme)」があったら、関心が自分に集まりすぎているのだろうとペンベーカー氏は話している。
wsj.com

鬱が出てくると、二極思考が現れるという。それが言葉に反映すると言うことらしい。

逆に、言葉を変えることで思考も変わるという。

ツイッターで見ていたら、「死にたい」を言い換えるという実践をした人もいた。

BPDの場合で、日記をつけることで感情変動の因果をとらえる、自分を客観的にとらえていくことで改善を図るという方法があるらしいが、言葉で説明をすることで思考を変える効果もあるはずだ。

 

これらは認知行動療法に当たると言うことらしい。

モーメントにまとまっているので、興味のある方はどうぞ。

 

私の接していた人は言葉で説明するのが苦手らしく、言葉にすると違ってしまうと言っていたし、感覚的・感情的な言葉ばかりを使っていた。長文を読むのも苦手らしかった。

ある頃から感情不安定になりうつ傾向になったが、そのころには関心は自分にばかり向いている様子があった。その後、豹変してしまった。

今思い返すと、言葉がサインになっていたように思う。

一人一人違う

あたり前のことではあるけれど、人は受け継いだ遺伝子も違えば、育つ環境も違い、同じ人はどこにもいない。

精神的な問題も、当然違ってくる。

BPDとしての遺伝的要素を持っていても、環境によって症状が現れなかったり、現れたりするし、現れ方も人によって違う。

BPD的な心性を持ち、診断基準を満たさなくてもいろいろな問題を抱えていることはもちろんあるはずだし、診断名にこだわってもあまり意味は無いかも知れない。

現にある症状、行動が問題なのだから。

BPDの【被害者】という言い方があるぐらい、BPDは、他人をぐさぐさに傷つける。家族やパートナー、親しい友人などが大変に苦しい思いをする。時に自殺に至ることもある。

本人は、内には不安を抱え、霧の立ちこめたような世界の中にいるような感覚を持っているのかも知れない。

しかし、少なくとも表面的には他人を傷つけても本人はケロリとして、何もなかったかのように一顧だにせず、他の人や楽しみを追いかけていたりすることもある。全て相手のせいにすることもよくある。やられた方はたまらない。おかしい人、異常な人格、凶悪な人格の持ち主ととらえられても何の不思議もない。あるいは精神の病気。

日本語ではパーソナリティ「障害」(PD)と訳されているけれど、disorderは病気というところまでは行かない健康と病気の中間的なニュアンスを持つらしい。精神病への偏見からあえてこう言う言い方をしているらしい。

disorder【名】

  1. 無秩序、混乱、騒動
  2. 乱雑
  3. 不規則
  4. 《医》疾患、不調、病気、障害

(英辞郎)

しかしながら、治療をしないとどうにもならない病気であるのは間違いない。自己愛パーソナリティ障害など、加齢と共に悪化するという。

健常な人と区別がつかないような生活をしているような人もいて、本人も病識を持たないので医療にかかることもない人もいる。しかし、他人との関係をうまく作れず、相手を傷つけ、破壊的な結果を繰り返す。

暴力・暴言・自傷などが典型的問題行動ではあるけれど、BPDの心性の根源である見捨てられる不安は必ずしもそういった形をとるとは限らず、人によって別な形で現れてくることもありうる。BPDと診断されることはないかも知れないが、未熟なパーソナリティによる視野の狭い見方と価値観が問題行動をとらせ、他人を痛めつけてしまったりする。

相反するものが一つのものにあることや中間をとらえられないオールオアナッシングの二極思考(分裂、スプリッティング)はBPDに限らずパーソナリティ障害に見られる。逆に言えば、この現実的な状態を受け入れる部分の未熟がいろいろなとらえ方の問題を引き起こし、問題のある行動をさせているのだろう。BPDは分類をしたその一つに過ぎない。

いずれにしろ、健常な人とは異なる心の動き、脳の働き方をもっているが故に、問題を引き起こす人がいる。特定の診断基準を満たさなかったりするかも知れないが、確実に問題をもっている人はいる。

そういう人は、本人が困らない限りは治療を受けることもなく、満たされることを求め、無限の愛情を求めつつ、誰かを激しく傷つけては相手を変え続け、周囲には極端な性格の人と腫れ物に触るように扱われながら生きて行くのだろう。

パーソナリティ障害と診断されるかどうかとは別に、健常な人とは異なる脳の働き方をもっていて、心に問題を抱えて生きている人は、身のまわりにも確実にいるはずだ。

本人が生活に支障があると自覚したり、社会生活に適応出来るか否かを基準としていては拾い上げられることがない、他人の精神、時に生命を危機にさらすような問題を抱えた人達が社会に普通にいる状況であることを、理解しておかなくてはならないようだ。

アメリカではとらえられている高機能型BPDも、日本ではたとえ精神科を受診する機会があっても社会生活に支障がないとしてほとんど捕捉されないのではないか。一皮めくれば低機能型と同じだというのに。

そうであるなら、本人にとっても周囲にとっても不幸なことと思える。