夫婦は支え合うもの

まさに。

お互いに尊重し合える関係のためには、お互いの自立性は必須。どちらかがどちらかに依存していたのではうまく行かない。

BPDと健全なパートナーシップを築くのは、そのままでは非常に難しそうに見える。治療は必須で、その上でnon-BPDの多大な努力によってなんとか関係を維持できるものなのかも知れない。

 

解離性

BPDと解離性同一性障害(DID:いわゆる多重人格)は区別しがたいと言うが、そもそもBPDは解離性症状を診断基準の中に入れているので診断も併記になりやすい。

結婚相手の男性がBPDという方のツイートだが、まさに解離性同一性障害(DID)特定不能の解離性障害の人格交代のように見える。

一つ前の投稿で取り上げた境界例ガールのサクセス日記。のブログ主もDIDの診断を受け納得しているらしい。3つの人格がいるとのこと。

以前にも書いたが、自分は他人の心の動きを感じ取りやすい人間だが、その私が普通の人ではまず感じたことがない不連続な心の動きを感じ、言動表情、言葉遣いに至るまで変わる、人格レベルの変化ではないかと感じるBPDらしき人と接していたことがある。少なくとも3つの人格らしきものを見ている。

他人が乗りうつっているわけではなく一人の人格が分裂しているのが解離性同一性障害で、明確な人格の区画、独立性がなく、記憶が共有されていたりする場合は特定不能の解離性障害と診断される。こちらの方がDIDより遙かに多く診断される。あたかも別のものような扱いだが、これらは不連続なものではなく連続なものなのだろう。DIDを自称する人は少なくないが、それぞれ違いがあり、教科書的な定義でとらえきれるものではないようだ。

BPDと解離性障害が併存なのか、それともBPDとDIDや特定不能の解離性障害のどちらかで表面上区別がつかないためにBPDに見えるだけなのか。

そもそも一部の研究者が考えているように、これらはそもそも連続的なものなのか。

個人的な印象では連続的なものではないかという気がしているが、BPD自体単一ではなさそうなので、一部は連続的なものであったとしても、全てが連続的なものではないのかも知れない。

 

BPDが発覚しにくいケース

本当に、BPDは難しい。

遺伝的素因+生育環境の影響で発症する可能性が高い。

自殺企図、自殺が多い精神疾患でもある。

もちろん、本人にとっては不幸なことでしかない。

しかし、この病気が厄介なことは、本人が苦しむのみならず、他人を巻き込み、傷つけ、それが何人もの人に及ぶ点にある。多くは親愛を求める相手(多くは異性だが同性のこともある)、家族。暴力、暴言、脅し等々で疲弊させられる。時に自殺してしまうケースもある。

薬も効かず、行動療法による認知の歪みや行動の改善を図るしかないと思われるが、入院をするとスタッフや患者の人間関係に入り込み相互の不信感を高めるなど問題を起こしやすい。そのため、BPDを拒否する医療機関もあるらしい。

本人が苦しむと書いたが、本人に病識がないことも多い。精神的に不安定で、寂しさ、苦しみ、怒りが渦巻く内心を抱えていても、他罰的傾向が強いためか、次々と無限の愛情を期待する相手が代わるだけで、自分の問題だと気付かないことも多いらしい。そのため、治療を受ける場合の多くは家族やパートナーのすすめによるもので、自ら受けるケースは少ないらしい。

目立つ問題行動は、自傷傾向。リストカットや大量服薬、セックス依存、過食、アルコール依存、大金を使うなど、落ち込みや虚無からの開放を求めて行うことが多い。

リストカットやアルコール依存などのわかり易い問題行動は即入院になりやすいが、表面化しづらい依存ではそのままになってしまいやすい。

ネット上にこんなものがあった。

■自傷行為として性に溺れざるを得ない女性達。(SEX依存症)

「類は友を呼ぶ」ということなのかもしれませんが、
私のリアルな友達には「BPD傾向の強い女性」が多いです。しかし彼女達は精神科などにも通わず、
「なんか人生が上手くいかないけど、それは全て周囲が悪いのよね」
…と他人に責任転嫁しながら生きています。そして彼女達が「生きづらい」ことは間違いないのですが、
自傷行為共依存の対象が常にありますので、
自傷行為で心を埋めて自分を騙しながら生きている状態」
…と言えるのです。私自身がかなり重度の自傷行為人間ですので、
「類は友を呼ぶ」
と言える彼女達の自傷行為も、
非情に酷いものです。しかし彼女達が「それなり」に社会で生きられているのは、
「一見自傷行為には見えない依存症がメインだから」
…ということなのです。これが私のように、
「手首を切りまくりました。ピアスを拡張しました。」
…となればみんなが「気持ち悪さ」を感じます。しかし彼女達は基本的に、
共依存性依存症(セックス依存症)」
…を激しく何度も繰り返しています。そしてそんな彼女達に対して一般の方々は、
「男好き。淫乱。恋愛依存症。頭がおかしい。」
…という言葉でスルーしてしまうのです。

社会のひと達は、
「男性やSEXに依存しなければ自分を保てない心の叫び」
…というものには気付いてくれません。

境界例ガールのサクセス日記。

http://bpd1976.blog27.fc2.com/blog-entry-174.html

私の知るある女性もまさにこの様な人で、多くの男性と接触があり、セックス依存があるようだった。つき合うだけでなく結婚や同棲に失敗しているが、明らかに本人にも問題があるものの本人の弁ではすべて相手のせいになっている。母親に問題があり、虐待を受けて育っているが本人は【普通だ】と言う。解離などの弱い症状の自覚はあるが明確な病識はないようで、もちろん治療は受けていない。厄介なことに社会的に適応出来る高機能型だ。

自分の生育歴や過程が【普通ではない】ことに気付くことは、少なくとも子供の段階では難しいとは言え、中年になっても気付かないのなら、よほど自らを省みる能力に欠けていると言わざるを得ない。実際、自分を見つめ直すことを避け、記憶を操作して都合の悪いこと、問題をなかったことにしてしまうので、一筋縄ではいかなそうな人だった。

私はこの人の問題には気付いていて、何とか力になってあげたかったが、もともとあちらから望んで近付いてきたものの、突然不明な理由で脱価値化されて音信不通となり、今ではなんともしがたくなっている。

突然接触を断った理由は本人が事実関係に反することを言って非難するだけで、説明を避け続けたためわからないままだが、もしかすると触れられたくない内面や過去に目を向けられることに拒絶感を持ったことも一因だったのかも知れない。

あるがままでは何も問題は解決しない。しかしあるがままで無限の愛情を得ることを求め続ける。それではいつまで経ってもさまよい歩くしかない。

 

 

 

 

 

BPDに対する最近の自分の認識

多分、非常によくあるBPDのパターンと、それに対するnon-BPDの切実な悩み、それに対する適切なコメントであると思うものを転載。

境界性人格障害と関わった人のコメントより【4】自分がBPD(ボーダー)であるという方のコメント
* 2009/11/12 18:08 * 投稿者:Nさん初めまして。
境界性人格障害のことを調べていてここにたどり着き、いろいろと勉強させていただきました。私には春から付き合っている彼(今は付き合っているのかいないのか微妙なのですが…)がいるのですが、その彼がBPDなのでは…と思っています。
半年の間で何度も何度もいざこざがあり、何度別れているかもわかりません。
付き合っているか微妙というのは、今もまたごちゃごちゃしてしまっている最中だからです。すぐに言い合いになってしまう原因のひとつにこのBPDがあるのではないかと思うんです。
私は彼の性格があってその上でその症状が重なってしまっている、というとらえかたをしているので、全てをこの障害のせいにするつもりはありません。
(それこそ彼の性格だけでなく私の性格も原因のひとつのはずなので)だけど、原因のひとつとしてもやっぱりこの障害は大きくて…
好きだと言ったすぐ何分後に死ねと言われたり、この障害とは全く別に問題があって彼から聞くことが非現実的なことで本当なのかと悩んだり(BPDの方には虚言がある場合があるとも聞いたので…)
正直彼を受け止めようと思っていてもつらいです。
彼も『普段感情を抑えていると、一回(私に対して)キレると自分でコントロールができない』と言って悩んでいるようです。

>>>>>>>>>>>>

私も境界例(BPD)の彼女と付き合っているとき、しょっちゅう別れているような感じでした。その原因のほとんどは彼女が言い出すことで、理由は
「私はあなたにふさわしくない」
「本当は私は好かれていない」
「私はもてあそばれている」とか。自分に対する愛情を確かめる事が中心で、別れ話をしてきて電話やメールに応答しなくなったり、家に遊びに来ていてこの状態になると「もう一緒にいれない、野宿するからほっといてくれ」と飛び出して真夜中でも走り回って逃げて一方的に連絡を絶とうとするけど、追いかけるのをやめたり連絡を取らなくなると
「なんでおいかけてこねんだ、お前の気持ちは所詮そんなもんやろ」
「マジで野宿させる気かよ」
とキレて戻ってくるパターンでした。勿論、境界例(ボーダー)に限らず精神疾患は幾つか併発する事が多いし、本来の性格的な要因が症例のベクトルとして働く事は間違いないし、そういう意味では私の付き合った彼女はとても子供じみた性格で、Nさん{BPDの虚言}と言われているBPDの妄想(理想)としての虚言が、より強く現れていたようにも思います。
(本人が理想と現実を埋めようとする作業は境界例の大きな特徴と言われています)前述したように、Nさんのお相手が必ずしもBPDかは断定できないし、躁鬱的傾向(双極性障害)やその他の症例なども調べてみてから対応を考えていったほうが良いかもしれませんね。どちらにしろ一人で抱え込まず、彼と悩みを共有し率直に話し合ってさあ得あえる形になれれば最も良いでしょうね。コメントに
「全てをこの障害のせいにするつもりはありません」
とあったので、誠実な人柄で根をつめすぎてご自分を追い詰めてしまわないか心配です。
境界性人格障害に限りませんが、精神疾患と関わっていくには双方の理解と協力が不可欠だと思います。それからもし彼がBPDだとしたら、彼の気持ちに期待し信じすぎるのも危険だと経験的にも思います。
境界性人格障害の人はとても純粋な反面、気持ちの移り変わりも極端な場合が本当に多いですから。
心がボロボロになった挙句、相手は新しい相手を見つけてまったく振り返りもしないとかよく聞きました。
勿論すべての人ではありませんが、症状と長く付き合うにはある程度距離を置いた方が結果的に心に余裕ができるし、そういった意味でもそのほうがいいと思います頑張り過ぎず、あまり無理をなさらない様になさって下さいね。http://blog.livedoor.jp/cornucopiablog/archives/1312632.html

BPDな人達も様々で、双極性障害や解離性障害、自己愛性パーソナリティ障害などを併発していることもよくあり見せる症状も複雑なようだ。

最近の自分の理解では、この他人を巻き込む厄介な精神疾患は、本人の資質が治療や予後を左右し、寛解してそれなりに適応して生きていける人もいれば、寛解もせずにそのままと言うことも充分あるものだというものになっている。環境にばかり原因を求めて治ると断言するものを私は信用していない。

遺伝的基盤と虐待等の生育環境の2つがこの疾患の発症に関わっているとデータから考えられているが、ネット上で元BPDを自認し活動している人は明らかに自分を客観的・分析的にとらえる能力があって、これは持って生まれた資質ではないかと思える。そういう人は積極的に調べたり治療を受けたりするし、自分の問題を自分でとらえて改善させようとする。

全く自分のことを見ようとしない、病気であることを決して認めず、ただ逃げ続け、他人を非難し、ひたすら他人を傷つけ続けるような人もいる。そういう人では幼稚なパーソナリティーが目立つ。さながら幼児が大人の皮を被ったかのように。こう言う人は改善の余地があまりないようだ。むしろこう言う人だから悪化したというのが本当のところなのかも知れない。

ある精神科医によると、パートナーと共に行う独自の方法でBPDは治ると言うのだが、その方法は約半数が途中で脱落するという。その脱落組に入ってしまうような人は前述の改善余地がほとんど無い人なのだろう。その方法が改善に繋がるにしても、治りやすい(寛解しやすい)人の選別を行っている側面はありそうにも見える。

一方、解離性が強く、人格交代的なことが見られることもあるが、結局どのような人格交代様なことがおきようとも全くの他人が憑依しているわけではなく本人が分裂しているのであるから、全責任は本人が負うしかない(人格交代が起きて、前後がわからない状態でも、引き受けるしかないから主人格のフリをして必死であると交代人格が訴えているものを見たことがある)。

都合よく記憶を改竄したり、虚言や辻褄の合わないことを言って自分に都合よく合理化する傾向も、本人が巻き起こした問題には本人が責任を取る必要がある。逃げ続けることを許すのはその方法を強化し続けることにしかならないだろう。

遺伝的基盤の上に重ねられた生育歴で、自分の心を守るためにとらざるを得なかった防衛機制が定着しているのがBPDという精神疾患と考えられる。自分を守るための防衛機制が他人を傷つけ続けるのならその防衛方法に問題があるが、それしか出来ないのが彼らの多くなのだろう。

巻き込まれたnon-BPD(BPDのパートナーになった人など、BPDの人と関わっているBPDではない人のこと)の人がいかに自分がそのBPDの人にとって唯一絶対の存在ではないことの気付くことが出来るかが重要なのだと思う。つい、non-BPDは目の前のBPDの人に特別な感情を抱き、コントロールされ、自分が何とかしなくてはいけないと思い込まされてしまう。しかし、BPDの人は無限の愛情供給源を求めているだけであって、相手は誰でもいいと言っても過言ではないかもしれない。見込んだ人にそれを求め続ける場合もあるが、次々に対象を変えて求め続ける人もいる。おそらく、愛情という本人にもよく分からない、自分が子供時代に得られなかったなにか絶対的なものを、何処かにあるはずと求め続けているのだろう。自分の空虚な部分を埋めるものがそれだと信じている。だが、その穴は埋まらないことが多いのだ。それほどまでに遺伝的基盤の上に形作られた穴は大きいのだろう。

虐待などの体験がなければそこそこに構築されていたであろう床は、遺伝的な基盤のために根太がそれほど強固でなかったとしても何とか支えられる程度にはなっていただろう。しかし、BPDを発症する場合、脆弱な根太の上に床板そのものがほとんど貼られていないのでは重みを支えることが困難だ。いくら愛情を供給しても根太の間から落ちていくだけだ。本人が床に問題があると気付いて床の強化に取り組まない限り、愛情を注ぎ込ませては床の下にこぼれ落ちていくことを空しく繰り返すのみだ。

BPDはそういう状態なのだろう。彼らは病気なのだ。健常の人とは違う。普通の人に対するようなことをしていても、決して報われない。決して相手を尊重しようとせず、一方的に搾り取られたり、傷つけられるだけだ。互いの尊重が人の間の関係構築では極めて重要だが、それがBPD相手では全く成り立たない。

BPD本人は空しいだろうが、それでもすり抜けずに溜まる愛情を求め続ける。自分の床に問題があることを認めないまま、どこかにちゃんと床の上に溜まる愛情があると求め続ける。

non-BPDは無限の愛情供給源にはなれない。それは不可能なことだ。

治療が必要なのは間違いないが、改善があるかないかはBPDがどれだけ自分に向き合える人かにかかっているのだと思う。自分に異常を感じ、何とかしたいという気持ちを持っているのであれば可能性はあるのかも知れない。

non-BPDは一度相手から離れ、自分にかけられた術をふりほどき、冷静になる時間を確保すべきだ。お互いに尊重しあえる、自分のパートナーとして相応しい存在であるかどうかをよく考えてみればいい。冷静にならないと考えられない。半年ぐらいの時間は少なくとも必要かも知れない。その上でどう接するかを考えるべきだろう。

天使のように見えたとしても、それは一時的に見せる姿だ(本人には「よい自分」であるのだろう)。親しい人に見せる本当の姿はすぐに不安に駆られ、怒りを爆発させ、底なしの愛情を求めつづけ、あからさまな嘘を平気でつき、他人を平気で見捨てる、non-BPDを悩ませ続けるその姿なのだ(本人には悪い自分)。それを見せれば逃げられてしまうとわかっているからこそ繊細なセンサーをフルに発揮して正反対の理想像を演じ、弱く不幸な自分への支援をせずにはいられないようしむけていたのだ。本人は何とかして自分の空しさを埋めたいともがいているのだが、巻き込まれた側は多くが責任感が強く自己犠牲的なタイプで、見込まれた結果多くを失う大惨事になりかねない。

non-BPDが相手に尽くすことに自分の存在意義を確認するようではそれは共依存に過ぎない。共依存は犠牲の上に成り立つ歪んだ関係であり、いずれ無理が来て破綻する可能性が高い。

今でもBPDは極めて対応が難しく治療が難しい精神疾患ととらえられている。

non-BPDが責任を負うことでも責任を取ることでもない。

素人に過ぎないnon-BPDに出来ることは、医療機関などに支援を求めることだ。そうすればかつての天使のような姿は無理にしてもそこそこ安定な関係を構築できるところまで行くかも知れない。相手によっては強い執着で結ばれた安定な関係を作ることもできるかも知れない。しかし、BPDがそれを拒絶し続けるのであれば改善の余地を見込むことは困難と思われる。ならば、ずっと不安定に愛情をむさぼり続けようとするBPDと向き合う人生を送るか、自分の人生を考え直すかの選択をすることになるはずだ。

何にしろ、一番良いときの幻影を負うのはやめるべきだ。普通の人だってそんなものは一時の姿で長続きはしない。BPDなら穴だらけの床に積み上げられるかも知れない愛情を得るために全力で演技をしていたのだから、その姿がそのまま戻ってくることは期待しづらい。そして自分が全て受け入れられていたと感じるのは勘違いの可能性が高い。BPDはあなたそのものを見ていたのではなく、そこにあるかも知れない愛情の幻影を見ていたに過ぎないのだ。一刻も早くその愛情で満たされたいために、普通の男女の関係なら時間をかけて経るプロセスをすっとばかし、極短い時間で全てを受け入れていたのだ。相手を理想化するのは一種の自己欺瞞なのかも知れない。結局相手などまともに見てはいない。だから、期待と違うと思うとあっという間に豹変するのだろう。少なくとも私にはそう思える。

時間をおき、距離を置き、冷静になって考えるべきだ。

距離を置いて、相手が自分を求めてこないのなら、追っても仕方が無い。相手は現実には存在しない無限の愛情をひたすら求め続ける病気の持ち主だ。何処か他にそれを求めているのだろう。

相手がまた自分を求めてくるのなら、その相手が自分を見ているのか、無限の愛情の供給源の可能性としてみているだけなのかを見極めるべきだ(おそらくは後者だが)。そして、病識を持ち、自分の問題を解決しようと思える人かどうかを見極めなければならないだろう。治療を受けようとせず、あるいは非協力的で、ひたすら他人のせいするだけなら、自分の人生のために離れた方がいいだろう。そういう人とよい人生を送ることはかなり困難だろう。

見捨てられることを怖れるのがBPDではあるが、まともなパートナーシップを構築できない相手なら、離れることは当然のことだろう。相手が見捨てられることを怖れているからと言って、自分が無理をし続けてもよい結果はない。見捨てられる不安を抱く人間になってしまったのは決してあなたのせいではない。

それでも見捨てられないと、治療も受けようとしない相手を愛し続け、ぼろぼろになってでも尽くしたいというのであれば、もう何も言えることはない。

豹変してあなたを放り出すBPDも、それは自分が見捨てられることを怖れたために先手を打ったのかも知れないし、自分がコントロールを失うことを怖れる飲み込まれ不安が強まったためかも知れないが、結局は相手のことを考えられず自分の不安に埋没してしまっている。彼らは自分しか見ていないのだ。自分の内部にばかりとらわれ続けてしまう。相手のことは真には見ていない。

BPDは大概一人相撲をとり続けている。霞のかかったような現実感のない世界の中で「愛情というもの」で満たされたいと手を伸ばし続けている。常にわき上がる不安や怒りを何かで埋めようとする。愛情を希求し、孤独だが、真底は他人を受け入れない。ひたすら自分の中でわき上がるものに振り回され続けてそれだけにとらわれている。そんな存在。

少し違うかも知れないが、今はこんな認識でBPDを見ている。

追記:

BPDは共感性が高く、他人の心の機微に敏感と言われている。それ故にうまく他人に取り入ることも出来るし、人間関係に分け入って破壊的な状況を作り出すこともできる。ウィークポイントを突いて苦しめることもするだろう。虐待経験故に何とか心の機微を読み取って危機を回避しようとしてきたためだと説明されることがある。

そういう敏感さの一方で、他人のことを真に考えた行動をしないように思われる。感情の動きに敏感で、他人の嘘を読み取ったり理想的に振る舞うすることには長けているが、自分中心の視点でしか行動しないので、相手を思いやって傷つけるようなことは避けるとかいうことにはならないようだ。むしろ相手の弱いところを滅多刺しにしてしまう。また、時に過剰に読み取ったり、妄想に基づいたりして、不安を増大させ行動してしまう。

相手の心の機微を読み取れるからと言って人格者とはほど遠い。むしろそれを利用した対人コントロールや攻撃性が厄介だ。

「BPDは共感性が高い」という言い方は少し違うと思う。感情の動きやこころを読み取ることに長けているという言い方の方が正しいだろう。BPDやアダルトチルドレンは虐待を避けるために虐待する側の心を読み先回りすることで危機を回避しようとしてきたと考えられる。自分自身、他人への共感性は高くはない(共に喜んだり悲しんだりと心が他人と同調するようなことはあまりない。むしろ冷静を保ちやすい)が、感情の動きを読み取り洞察する能力は高い。

 

追記2:

BPDのいい面だけを見ても、悪い面だけを見ても理解は出来ない。両面合わせてその人として理解し、受け入れることが出来るようになる。よかったときだけを思い浮かべ、都合よく理解しようとしてもうまくは行かないだろう。飲めば改善するという期待でBPDの際限の無い要求に従い続けることではなく、本人の責任をnon-BPDが明確に理解し、それをBPDに示し、失いかけた自分の生活、生き方を従前通り確保した上で、冷静に自分の選択をしなければならない。受け入れ、医療機関の支援を受けつつ関係を保つか、別れを告げるかだ。

BPDは自然には治らない

BPDは脳のレベルで問題があることが分かっている。遺伝的素因があり、生育歴の影響が大きいこともわかっている。

そして、高齢の患者もいる。

日本語の多くのサイトで40才頃から症状が治まってくると書かれているが、ほっておいて治るものとは思われない。本人が人生経験を積み認知の歪みを自分で修正していくことが出来れば症状は軽くなるかも知れないが、多くは病識すらないらしい。

以前も引用した牧師さんのサイトで、次のように纏められている。

今まで英語のサイトを見て境界性パーソナリティ障害について学んできたことと、この医師が語ることは一致しています。境界性パーソナリティ障害が治療なしで自然に治るものではないこと、早期発見、早期治療が回復に有効であること、病気を治したいという患者の意思が重要であることなどです。これは心の病気を理解する上で基本中の基本だと思うのですが、境界性パーソナリティ障害という病気を『40代で安定する』『年齢とともに良くなる』と解説するサイトが非常に多いのです。また、40歳安定説が、どれだけ世間に浸透しているかもお分かりいただけたと思います。

また『結婚すると落ち着く、家庭を持つと落ち着く』という新たな誤解も出回っているようです。このような解説を、英語のサイトで見たことがありません。どの論文に書いてあるのか教えていただきたいものです。こうした誤った情報が次から次へと出てくるのは、治療者個人の問題というより、日本の医療教育に根本的な問題があるとしか思えません。
https://blog.goo.ne.jp/true-vine/e/1819d292578eeb31923d8a0eeec1d5da

医療側の問題はさておき、BPDはほっておいて治るものではない。本人が自らの問題を認識し、治療に意欲を持たない限り、たとえ症状が治まったように見えても問題を内包したままだろう。いくら外面のよい高機能型でも問題の多い内面を隠しているに過ぎない。

治療を受けようとせず、問題から目をそむけ、逃げ続けるBPDと接し続けるのは相当に厳しい。

誤魔化すことでは何も解決しない。自分の現状を認識すること。

全てはそれからだ。

 

危険水域

ここしばらく、理解不能なBPDの内側について、いろいろなものを見ながら考察してきた。ここに書いていないいろいろなことを考えてきた。

高機能BPDなのかもしれないが典型的ではない人に振り回され、突然理由がわからぬまま理不尽に深く心を傷つけられ、本人は結局辻褄の合わぬ言いつくろいを重ねただけで、まともに答えようとせず逃げるだけだった。つきあいのある間、ずっとアンビバレントにゆれ続け、矛盾した言動を重ねていたから、何が彼女にとっての本当なのかもわからない。

それでも何故そんなことになったのかの答えを探してきた。

しかし、ちょっと危険水域に達してきた感がある。

彼らの心の内を理解しようとするあまり、自分の感覚がBPDの人のそれに近付いてしまっている。不安、悲しみ、空しさ、怒り、そう言うものに覆われはじめている。

メンタルヘルスが昨年末の事件以降悪化していて、さらにこれだとさすがにリスクが高い。これ以上は危険。

いったん退散したい。BPDについて考えるのはしばらくやめておくことにしたい。

 

求めているのは?

紫波さんというBPDの方のツイート。

最近相方さんの事を徹底的に調べなくなった。
行動や交友関係、多少知らなくても物凄い怒りは湧いてこなくなった。ボーダーの私。相方さんへの執着が無くなっていくという事は…?好きじゃなくなったか?、ボーダーが少し治まってきてるのか?
https://twitter.com/a4ki30/status/1002881830926741504

そうだった。

相手のことを徹底的に調べたがる。FBを隅から隅まで見て、ほかに女はいないかとか調べる。投稿した写真を徹底的に細かなところまで見る。女がいる証拠を探し続ける。

そして、疑う。
自分は本当は相手にされていないと思い込む。
言葉は信じない。やがて自分から相手を拒絶しはじめる。

極端すぎる。

全ては「不安だから」。

それが収まってきているのなら、好きでなくなったか、認知が改善されてきているか。

親愛、愛情を求め続けるのがBPD。確かな絶対的な愛情を求め、絶望し続ける。

極端なことを言えば、相手は誰でもいいのだろう。
彼らの「好き」は本当の好きなのだろうか。

相手はBPDの心の中では関心の対象のはずなのに、いつもカヤの外に置かれている。自分の中で一人相撲を続けているように見える。

同じ方の少し前のツイート。

例え相方さんと別れても、必ず誰か見つけて依存する。

生きている事自体が悪なんだ。
https://twitter.com/a4ki30/status/1000887065922289664

やっぱり、相手ではなく、愛情そのものを求めているように思える。

扁桃体の過剰興奮による不安昂進、前頭連合野による抑制不十分による感情の暴走。オキシトシン不足故の愛情や信頼の不足。

いつまで経っても満たされることなく、不安であり続ける。

 

BPDは遺伝的な基盤に環境要因が重なって発症すると考えられている。今、治療法として推奨されているのは弁証法的行動療法

「患者は弁証法的行動療法を行うことにより、能力や生きることへのモチベーションを高め、獲得したスキルを日常で普遍的に扱うことができるようになるとされる。」

 

少しでも確かなものを感じられるようになるといいのだが。

しかし、病識を持ち、自分を見つめ直そうと思えることが大前提。

 

データに基づくBPDの理解

BPDの様な問題は、かつて虐待などトラウマ(精神的外傷)を主因として発生するような理解がなされがちであった。

画像診断が示すところでは大脳辺縁系や前頭連合野に萎縮が見られるなどの問題が知られるようになっている。

**

一方、生育歴などのデータからは、必ずしもBPDが性的虐待などのトラウマ経験がある訳でない事も分かってきている。

そんなことも含めて書かれた、精神科医の方が残している以下のブログの内容は一見する価値があるように思える。

 

「家族と専門家のための境界性パーソナリティー障害治療マニュアル(仮題)」のための草稿

 

黒田クリニック

http://www.onyx.dti.ne.jp/~akino-k/

 

著者の黒田章史医師は以前BPD家族会の顧問をしておられた。

http://seiwa-pb.co.jp/bpd_family/date_place/post_20.html

 

 家族にない責任を求めるのは問題があるが、本当は問題があるのに目をつぶらせることにも問題はあるだろうと個人的には思う。
 子供が親に責任を求め、親をコントロールしてしまうような例もあるようだが、親が子を支配し続けているようなこともある。
 事実を知る人間が介在しないと問題を解決するのは難しそうだ。

(転載)境界例の方が身近に居る方に是非読んで欲しい

以下は、Borderline Personality Disorderと言うブログからの転載。BPDの心の内がわかり易い。

 


境界性人格障害は、境界例ともボーダーライン(Borderline)とも呼ばれています。 日本では、1980年代になってようやく注目を集めるようになりました。

境界例の方は、今までにないタイプの患者さんが多く、 薬物療法が効きにくく、手首を切る、大量服薬するなどの自殺企図が 多々見られ、精神科医や看護婦にすがってくるかと思えば、驚く ほどの反発を繰り返します。

また、主治医に対して、「あの先生は、信用できない。」 などと病院スタッフに言いふらし、 いつのまにか、医師と看護婦、看護婦とスタッフ間の信頼がなくなり、 入院病棟の緊張が、異様に高まる場合が多々ありました。

こうした今までにない、患者さんが、境界性人格障害という新しい タイプの精神障害であると医師が気づきはじめたのは、アメリカからの 文献が入ってきてからです。

境界性人格障害のおもな特徴 

見捨てられ不安 

境界例の方の多くが、愛する人や大事な人に見捨てられるという不安を絶えず抱えています。
人間は誰でも多かれ、少なかれ、愛する人や大事な人に見捨てられるという不安を抱いていますが、境界例の方の場合は、見捨てられ不安の感情が、非常に強く、周囲の人には、理解できないほどです。

J・F・マスターソン博士によると、この見捨てられ不安は、ハイハイを はじめたばかりの赤ちゃんが、母親を探し求め、泣き叫んでも母親を見つけることができない場合に起こる、さみしさ(孤独感)や、不安感、怒りの感情のように、心の奥深くから、わきあがってくるものであるといいます。

このような状態におかれた赤ちゃんが必死に泣き叫ぶ姿を想像して下さい。

境界例の方の見捨てられ不安は、この泣き叫ぶ赤ちゃんと同じような 状態にあるのです。
常にあるさみしさや、怒り。 むなしさや絶望感からくる落ち込んだ気持ち。 一人という孤立感やどうでもいいという自暴自棄の感情などは、
この見捨てられ不安が、原因です。

境界例の方には、この見捨てられ不安が、つねに付きまとっているので、繰り返し、繰り返し、さみしさや、怒り、 むなしさ、絶望感、孤立感、自暴自棄の感情が襲います。

このような状態では、安定した人間関係を結ぶことなどできません。
いったん相手を信頼できると思いこむと、今度は、見捨てられないように、しがみつこうとします。 相手が、困り果て、境界例の方を避けようとすると、今度は、一転して、 激しい怒りをぶつけたり、引き止めるために、自殺しようとさえします。
このように、境界例の方の周囲にいる人たちは、不安定で、衝動的な人間関係の うずの中に引き込まれていくのです。

良い自分と悪い自分 

境界例の方は、良い自分と悪い自分を分けています。
良い自分は、多くの人たちに愛される人間であり、悪い自分は、 多くの人たちに見捨てられる人間というように、本人の中では完全に 分裂しているのです。

自分には、良い面と悪い面があるというようには、受け取ることができず、 良い自分だけで、生きようとします。
両親や周囲の人間の期待を裏切らないためにも、おとなしい良い子でいようと必死に努力します。
悪いところを持った自分を周囲の人が、愛してくれるとは決して 考えません。

「良い子でなくては、愛されない。 良い子でなくては、見捨てられる。」との思いから、 良い自分であり続けようとします。

しかし、良い子であり続けることは、できません。
人間は、誰でも、悪い部分を持っているのですから。

人間関係が、複雑になる思春期頃になると、良い子であり続けることがだんだんと困難になってきます。
それでも良い子であり続けようとする境界例の方は、自分の悪い部分を 切り離し、不都合な点は、他人に押し付けることによって、問題を乗り切ろうとします。

悪い部分を完全に切り離している境界例の方は、その部分を他人に、 指摘されても、理解することはできません。

なぜなら、悪い部分を持った自分など、存在しないのですから・・・。

ある境界例の方は、自分の悪い面を全く知らずに、生活しておられました。

家族に、暴言や暴力を振るう場合があっても、すぐにその事実を忘れ、
おとなしく、ガマンすることのできる良い自分が自分自身のすべてであると思い込んで生きておられました。

家族がどんなに、暴力や暴言の話しをしても、それは自分ではないと思っているので、話しを聞きません。

それどころが、「あなたこそが、私に暴力をふるったでしょう。」と言い張る始末です。

この境界例の方の場合のように、悪い部分の指摘を続けることは、結局のところ、 激しい言い争いを招くことになり、

「悪いのは、自分ではなく、あの人のせいだ。」

というように、
自分自身の悪い部分を他人に転換し、この意見を相手が受け入れるまで、 爆発的な感情は、収まりません。

家族や、恋人や、友人にとっては、最初は、戸惑いを覚えながらも、
境界例の方の爆発的な感情に接するうちに、いつのまにか、 同じ考えに至ります。
境界例の方と同じ意見を持つに至る原因は、 このような理由によります。

境界例の方にとって、悪い人は、自分自身の悪い部分を持った人間である分けですから、とうてい受け入れることなどできません。

その結果、悪い自分から逃げる(悪い自分を切り離す)ためにも、その人に対する、 攻撃が始まります。

不安定な感情を持つ境界例の方にとって悪い人が、いつのまにか良い人になっている 場合も多々あり、その逆の場合もあります。

例えば、朝のお母さんは、良い人などで、境界例の方の良い面しかでません。
しかし、昼に、ささいなことで口論になったりすると、自分の悪い部分を受け入れることができない境界例の方は、お母さんのせいにします。
悪い人にされたお母さんは、批判、中傷などの暴言を受け、時には、 暴力さえ振るわれる場合があります。

1日に、境界例の方の態度が何度も移り変わるので、お母さんや周りの人間にとっては、 戸惑いとなすすべの無さだけが残ることになります。

このように、大好きな人が、半日後には、大嫌いな人になるという、 不安定な状態が続くうちに、心の中は、不安や孤独感・むなしさで 覆い尽くされ、

この苦しみから逃れるかのように、家庭内暴力や自殺未遂、 万引きや性的な遺脱行為を繰り返す境界例の方もおられます。

人を操る(対人操作)

先ほどは、境界例の方の爆発的な感情に接するうちに、いつのまにか、同じ考えを共有することについて 説明を致しました。

今回は、違った形での共有を説明したいと思います。

境界性人格障害の方は、相談の名人です。
いつも悩みを抱え、さみしげで、頼りがない境界例の方は、 信頼できると判断した人に、必死に相談します。

相談を受けた人は、「この人を助けることができるのは、 自分だけだ。」との感情に支配されます。

また、境界例の方は、この悩みを打ち明けるのはあなただけだと言いながら、他人を激しく批判します。

悩みを聞く者は、いつのまにか、境界例の方に否定的な人を批判的な目で見ることになります。
このため、境界例の方に否定的な人との間に、いつのまにか争いが起こります。

境界例の方には、人を操っているというような自覚は、 ありません。

自分自身が分からないことで苦しんでいる境界例の方にとって、 自分と同じ意見を持ってくれる人の存在は、それだけで、 安心を覚えることになります。 逆に、自分の意見を否定する人は、不安を増大させる存在なのです。

このように、境界例の方の人間関係のあり方が、必然的に争いを引き起こさせるのです。

自分で自分が分からない。

境界性人格障害の方は、自分で自分が分からない状態にいます。

自分が何を求め、何をしたいのか分からないと言われる境界例の方が、 多くおられます。

「なぜ、万引きしたのか、なぜ、あのような激しい性的遺脱行為に
没頭していたのか分からない、」と言いながらも、自分が望んでいるものが あやふやで理解できないため、そのような行為から抜け出すことができない状態におられる方が多々おられます。

自分で自分が理解できない、分からない、

何を望んでいるのか、何が、 したいのか・・・、分からない。

境界例の方は、このような苦しみの中で日々の生活を過ごしておられます。