交流分析(ゲーム)

あまり交流分析のことは知らないのだけれど、知り合いのかつての行動に重ねて面白かったので、引用させていただくことにした。

交流分析については

交流分析とは?エゴグラムから人生脚本まで分かりやすく解説

など。

交流分析には、必ず不快で終わるゲームというのが出てくるのだが、その一つ「ラポ・ゲーム」を取りあげる。

『ラポ』

「さあ、とっちめてやるぞ」と同じタイプのものだが、性的なニュアンスがより強く、女性が演じやすいゲームである。男性の前で、華やかな服装で魅惑的に振る舞う。男性が引かれて近づいてくると、急に態度を変えて、肘鉄砲を食らわす。「心と心のふれあいを大事にしたかったのに、結局は私の肉体に引かれたのネ。男はみんなケダモノ」と、激しく攻撃する。基本的な構えでは、「男性はOKでない」の構えである。常に、それを確認するために、被害者から迫害者に転じるゲームを演じる。

 男性と親密な関係になると、恋愛関係をこわしてしまう女性。また、一見偶然のようだが、いろいろなトラブルに次々に巻き込まれる人たちは、このゲームの可能性が強い。

 特に、ヒステリー性格(自己顕示欲の強い性格)の女性に多く、また、成熟した女性性が確立されていない場合に、演じられるゲームである。彼女たちの多くは、自分は被害者と思い込んでいる。

 ちなみにラポとは、レイプをもじったもので、軽い男女の戯れから、複雑な三角関係、果ては、こじれてしまう離婚問題まで、さまざまな男女模様を含む。

(『万能感とは何か』、ASIN:4101291314、p122)

 

みんカラの方で「カエル化現象」を取りあげたが、現象としては似ている。カエル化現象は好きだと思ってつき合おうとするが、好きになられるととたんに嫌悪感が生じてしまうというもの。その背景は、自己肯定感の低さと言われている。自信がないから「自分を好きでいてくれるはずがない、だから先に嫌ってやる」と言うもの。BPDにありがちな心の動きだ。

対してラポ・ゲームは女性の男性への不信感、嫌悪感などがあり、誘惑しては迫害する。

BPDの特徴(図)

http://www.aiseikyo.or.jp/kokoro/member/report/images/pdf/111023_kimura.pdf

典型的なBPDはこの図のようにとらえられるだろう。

4で問題を起こし、障害と扱われ、治療対象と言うことになる。

高機能型BPDや他人との接触を避けるタイプでは症状が現れにくいため障害が発覚しにくく、精神科の門を叩いても早期に症状が見られなくなり、構造がそのままでも治療をやめてしまいやすいということらしい。

緩解しても発症を繰り返しかねないわけだ。

自己愛性パーソナリティ障害

境界性パーソナリティ障害と見分けがつきにくいと言われることがある、自己愛性パーソナリティ障害に少しだけ触れておく。

大きく2つのタイプがあるが、共通して

・自分は特別で優れていて、称賛されるべきという自己像をもつ。

・極めて傲慢。

・裏腹に傷つきやすい脆弱性を持ち、尊重されないと強い怒りをぶつけたり激しく落ち込む。

・共感性が低く、他人の立場に立ってものを考えることが出来ない。

という特徴を持つ。幼稚性があり、自己愛が未成熟なPDである。

ネットの記事を引用してみる。

 自己愛性パーソナリティ障害の2つのタイプ

自己愛性パーソナリティ障害の人は「3つの自己」を持っているといわれています。

・誇大化させて形成された尊大で傲慢な自己
・自分は欠陥がある人間だというイメージを持った自己
・奥底に隠れている本当の自己

この「3つの自己」がどれか一方に偏っていると、「自分は特別な人間だ!」と思い込んだり、「自分は誰よりもダメな人間だ・・・」と思い込んだりしてしまいます。「3つの自己」の偏り具合によって表出する人物像が異なってきます。

根本にある自己愛の未成熟さや原因は共通ですが、その表出の仕方によって、自己愛性パーソナリティ障害は次の2つのタイプに分類されます。誇大的・自己顕示的で他者の反応に鈍感な「無自覚型」と他者の反応に敏感で注目されるのを避ける「過敏型」です。

◇周囲を気にしない「無自覚型」タイプ
このタイプの人は、自分はできる・自分は特別だと思い込み、社交的に振る舞いつつも他人のことには興味はなく自分の利益だけを考えています。このタイプの人が他者と親しく付き合うのは、自分に何かしらの利益があるからだと考えているためですが、自分の意向に沿わないときや責められると激怒することがあります。このような言動は本来の弱い自分を守るための防衛本能だといわれています。その他にも次のような特徴がみられます。

・わがまま・傲慢な態度をとる
・自分に夢中で他人のことは全く考えない
・注目の的でないと気に入らない
・他者に対する言葉づかいは常に攻撃的
・他者の反応を気にしない/怒りに表わすことで気にしないことにしている
・他者の気持ちを傷つけても平気

◇周囲を過剰に気にする「過敏型」タイプ
このタイプは身の丈に合わない理想化した自分自身を掲げますが、現実の自分との間にあるギャップに悩みます。他者からの評価に過敏ですぐに傷つきますが、自分には本当は才能があるという思いを持ち続けています。それゆえに自分自身を責めて落ち込んでいくサイクルが続きます。他にも次のような特徴がみられます。

・内気で恥ずかしがり屋
・自分の意見や感情を出さない
・傷つけられたと感じやすい
・注目の的になるのを避ける
・他者の反応に対して敏感に落ち込む
・他者からの評価を気にする

この障害がある人が自分を誇大化する理由は、本当の自分に自信が持てないなどの理由があります。本当の意味で自分自身を受け入れることができていない状態なのです。

 実際には、2つに分けきれず、多様性があろう。

ICDの診断基準は以下になっている。

次のうち,5項目以上が存在すること.
(1)誇大な自尊心をもっていること(すなわり,業績や才能を実際よりも過大視し,相応の実績がないのに自分が優れていると認められているはずだと思う).

(2)際限のない成功・能力・才気・美貌,あるいは理想の恋愛について,非現実的な考えにふけること.

(3)自分は「特別」で比類がなく,他の特別な,あるいは地位の高い人々(または組織)だけが自分を理解でき,それらの人たちと付き合うべきだと信じている.

(4)称賛を必要以上に要求する.

(5)権利意識が強い.ありえないのに,自分に好都合な特別待遇を期待したり,または自分の要望がそのまま受け入れられることを期待する.

(6)自分の目的を達成するために他人を利用する.

(7)共感性の欠如.他人の感情や要求に気づいたり理解したりしようとしない.

(8)よく他人をねたむ,あるいは他人が自分をねたんでいると確信する.

(9)横柄で傲慢なふるまいや態度.

『ICD-10』(『国際疾病分類』第10版 p494)

出典:http://amzn.asia/1IxIJ4p

これらにあてはまる人でも、そういう困った性格の人と扱われることがほとんどで、周囲は振り回されるものの、本人は特段生きづらさを感じていないことが多いという。そのため、障害として精神科を受診することも希だ。

生きて行く上での困難に直面し、二次障害としてのうつや自傷、不眠、などが現れることではじめてPDがあることが分かることが多いらしい。

見捨てられ不安こそがBPDの心性の核

BPDは、親密になることを望み、同時に見捨てられることを怖れる。BPDの核となるのはこの見捨てられ不安と、それによる感情の不安定だ。
診断基準(DSM-5)
対人関係、自己像、感情などの不安定性及び著しい衝動性の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる、以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
  1. 現実に、または想像の中で、見捨てられることを避けようとするなりふり構わない努力(注:基準5で取り上げられる自殺行為または、自傷行為は含めないこと)
  2. 理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係の様式
  3. 同一性の混乱:著明で持続的に不安定な自己像または自己意識
  4. 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)(注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと)
  5. 自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し
  6. 顕著な気分反応性による感情の不安定性(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらただしさ、または不安)
  7. 慢性的な空虚感
  8. 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかを繰り返す)
  9. 一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状

    日本精神医学会/監修『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』(医学書院,2014)p.654より引用

出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4260019074/

 対人関係に関連した診断基準の1と2は、BPD患者が他人と親密になりたいと強く望みながら、「見捨てられる」のを同じくらい恐れるという、一見矛盾した奇妙な対人関係について述べたものです。
 他人に対する理想化から価値下げへの態度変更は、「見捨てられた」と感じた際に、しばしば急激に生じますから、対人関係は不安定で激しいものとなってしまうのです。
 
 人間は他人と親密になりたいと望むのは当然です。
 従ってBPDの対人関係の特徴は、「拒絶される」「見捨てられる」ことに対する恐れだということになります。
 
 ただしBPD患者が語る「見捨てられ」や「拒絶」は、些細に見えるような、予想外の出来事の積み重ねなのです。
 それは〈物〉ではなく〈人〉との関係で起こりやすいことも覚えておいてください。
 
 相手の表情,口調,視線の予想外の変化など、一見小さな出来事の数々が、患者にとって大きな苦痛が生じるきっかけになってしまいます。
 それは「大切な相手」であるとは限りません。
 初めて会った店員が挨拶をしてくれなかったといった状況でも、BPD患者が絶望し大騒ぎする引き金となります。
 
 
*「治療者と家族のための 境界性パーソナリティ障害治療ガイド」  黒田章史(岩崎学術出版社)より
BPDの感情の不安定化は些細なことがきっかけで起こるので、なぜ怒り出したり拒絶をはじめたのかがわからない。直接の攻撃をせずダンマリにでてしまうタイプだと、強い親愛を示していたところから突然豹変し音信不通になるので何も分からず、自分を責めることも出来ず途方に暮れるしかなくなる。怒りが表に出て暴力や暴言に出る典型タイプもつらいが、ダンマリやねちねち間接的に攻撃をするタイプもつらい。
しかも、怒りをぶつけたり不安定化するのは、特定の相手が対象とは限らない。
突然店員相手にキレる客は時折いるようだが、その中にBPDの人は高確率で含まれるのかも知れない。
赤の他人にキレているBPDへの接し方も家族やパートナーは学ぶ必要があるだろう。
多くの場合、BPDの感情不安定はBPDが些細なことに異常な敏感性をもったり、そもそもが妄想によったりするので、怒りをぶつけられる等のことがあっても、自分自身を責める必要は無いはずだ。BPDの家族のための本などを読むと、そのことはよく強調されている。BPDに振り回されて疲弊し、病んでしまうことがもっともよくない。いくら頑張っても当事者だけで適切な対応ができるものではないから、パートナーならいったん離れることも考えた方がいいのだろう。
BPDな人に悩み苦しむ人は、家族のためのいくつかの本に目を通すべきだ。
(この所、このブログに検索でたどり着いてご覧になっている方が少し増えてきたようだ。あまり有用な情報を提供は出来ないが、わかることは出来るだけ書いてみたい)

“静かなるBPD”

ググっているうちに川谷医院の川谷先生のブログにたどり着いた。

http://kawatani.sblo.jp/article/175167219.html

ここでは先生の造語である、”静かなるBPD”について触れられている。

自傷や暴力などが目立つ典型的なBPDを“荒々しいBPD“として、それに対して近年目立ってきた印象のものを“静かなるBPD”とされている。前者が人に近付こうとし、「見捨てられ不安」によって問題が現れるものに対して、後者は対人関係そのものを避けようとし、表に問題をあらわしにくいという。

BPDを特徴づける「見捨てられ不安」を巡る諸問題、つまりそこから生じる不安定な対人関係よりも対人関係を避けようとする“静かなるBPD”が登場してきているのも見逃せません。

新たに治療の難しい“静かなるBPD”が出現するようになったのがBPD治療の現在です。それは“荒々しいBPD”の治療困難性とは大きな違いが見られます。前者は治療関係がなかなか深まらないために表面的な症状の改善、一見すると良くなったかのように見えます、とともに治療を去っていくのでパーソナリティ構造の再構築の治療過程が置き去りにされたままになるので治療が難しいのです。“荒々しいBPD”では繰り返される衝動的で自己破壊的な行動や近しい人たちへの攻撃といった表に現れる華々しい行動化のために巻き込まれた周囲の人たちが医療機関への受診を促すのとは反対に、“静かなるBPD”では周囲を巻き込むことは少なく、傍の者には症状が外に現れないために良くなったと安心してしまうのです。それは主治医との関係でも繰り返されます。“静かなるBPD”の患者さんは表に現れた症状が影を潜めると主治医との治療を避けてしまうのです。残された私たちには現実生活で困って再び受診される日を待つしかないのです。

“静かなるBPD”では症状が現れにくいので、治療も進みにくいらしい。

再度、“静かなるBPD”と診断されたカルテを読み直してみました。その特徴はある現実状況では外面的には普通の健康な人たちと何ら変わらないパーソナリティ部分と内的には病的なパーソナリティ部分が互いに行き来することなく共存していることです。前者を「偽りの自己」と呼んでもいいでしょう。

普通に見える内に病的な部分を持ち、行き来していると言う。

“荒々しいBPD”との一番の違いはパーソナリティ機能の中の対人関係領域に現れます。“静かなるBPD”では対人関係を回避する傾向が強く、親密な関係を気づくのを避けています。一方、“荒々しいBPD”では山嵐ジレンマと呼ばれる不安定な対人関係が特徴で「見捨てられ不安」に支配されています。一人でいるのは空しく、自分を支えきれないために人を求めるのですが、一緒にいると相手から見捨てられるのではないかと極度の不安に襲われしがみつくと同時に相手が自分を見捨てようとしているという信念のもとに怒りが爆発して関係を壊してしまう。一人になるのも怖い、かといって誰かと一緒にいることもできない、というジレンマに振り回されるのが“荒々しいBPD”の特徴です。
 一方、“静かなるBPD”では見捨てられ不安は小さく、むしろ日本人に特徴的な「他人から良く思われたい。嫌われたくない」という心性が強い。だから、主治医との関係も“荒々しいBPD”のように不安定になることは少なく、関係が深まらないように一定の距離を保ち続けていくのです。彼らは対人関係に非常に臆病なのです。それだけに思春期を通して他者とぶつかり合って他者を通して自分を見るという客観性を育てることに失敗し、現実の一部を切り取り主観的に見てしまう傾向が優位になるのです。それはときに信念とよんでもいいような生き方にもつながっていくのです。

“静かなるBPD”はおそらく、高機能型BPDと重なる部分のあるものと思われるが、それにしては随分弱々しい印象を持つ。日本的な環境を背景としたものと言うことのように読める。

 そして中学生になって対人緊張を強く感じるようになって社交不安症と診断がつくような精神状態に追い込まれ、その多くは高校生になって精神科や心療内科のクリニックに通院し始めるのです。(社交不安症については精神科読本シリーズ17『社交不安症』に詳しく述べています。)その苦しみを「人から自分がどう見られているのか怖い。拒絶されるのではないかと緊張してしまう。なので皆から一人私だけ浮いてしまっている。人とは距離をとって、自分の思いは口にしないようにしている」と語った人がいました。頭痛や吐き気などの身体症状を伴っていることが多く、最初に小児科・内科を受診される人が少なくありません。当然、不登校や高校中退を余儀なくされます。通信制高校をやっとの思いで卒業するなど社会達成度も低く、大人社会で生きていく社会適応能力も身につかないまま思春期を生きていくのです。主観的には、高校生の頃から自分がよく分からないといった不安、自責感の強い抑うつ、慢性の空虚感が支配的になり、空しさを打ち消すために自傷行為や大量服薬といった自己破壊的行動が時折見られるようになります。そのことにお母さんが気づいても“荒々しいBPD”と違って「心配ない」と明るく笑うので、お母さんもそれ以上踏み込むことをためらってしまいます。“荒々しいBPD”のように他者を巻き込むようになるのは生活が破綻した時に限られるのです。

 そして進学や就職といったアイデンティティを問われる状況で混乱が大きくなり、親には秘密にすることが多いのですが、ストレス下で解離状態を呈するようになる人も現れます。さらに、どう生きていってよいか分からなくなり、対人関係も希薄で空虚感を埋め合わせるかのように多数の異性と性関係もつなど、いよいよ混乱も大きくなって大量服薬などの自殺企図が勃発してBPDの特徴が表に現れていくのです。

症状が現れにくいのなら社会適応性も高いと言えるが、早い段階で体に問題が表れたり社交不安症などとして治療に現れる。しかし治療が充分に進まず問題があるままになってしまうので、ストレスの高い場面でBPDの症状が現れるというものであるらしい。

 

典型的なものばかりを考えると、BPDは理解しきれなさそうだ。もともとBPDは他に分類できないものを境界にあるものとして独立した診断名を与えたものであり、実際には多様なものを含んでしまうのだろう。他の精神疾患を併発していることが多いという言い方をするが、むしろいくつかの疾患が混じり合ったものと言うべきなのかも知れないと感じる。BPDの特徴である「見捨てられ不安」が弱いと言われてしまうと、それはそもそもBPDなのか、という気すらする。

DSMの診断基準を満たさないがBPDとしての特徴を備えている予備軍(論文ではよくBPD周辺群などと書かれているようだ)は多そうに思える。

BPDの典型的な症状がなくても内に問題を抱えており、ストレス下では症状が強く表れてしまう人がいると考えると、BPDには思えなかったのにそうだったのかと納得がいく例もあることだろう。

普段の言動ではBPDに思えない人であっても、突然症状を顕わにしてしまうことはあるわけだ。つねに傍にいることを要求したり、時間を選ばず電話やメールをしたり、返答を要求するような、なりふり構わない執着・しがみつき行動はBPDの典型行動であるはずだが、“静かなるBPD”では対人関係に距離を置くというのでそれも目立たなさそうだ。それでいて自傷、自殺企図などの行動が出てしまう。

 

 

 

親しくなろうとするBPDの行動

自分の知るBPD傾向が強かったと思われる複数の人はいずれも、理想化し自分が近づきたいと思った相手に、ちょっと過剰と思われるほどの親愛の情を示した。

ある一人は初対面でありながら異常なほど親しく接するのをみて、会って5分でこの人は何かがおかしいと思えたほどだった。

中にはいきなり体の関係を許容する人もいるらしい。

その内側では、寂しさを抱え、ひたすら親しくなりたいという欲求が渦巻いているという。それが衝動的に自分自身を解放して見せて近寄せようとしてしまうのだろう。特に理想化した対象に対して理想的な人として見せようと懸命に振る舞ったりする。

不幸な過去を伝えたり、誇張したり、嘘を交えたりもする。とにかく自分に強い関心を向けて欲しくて懸命になる。

その欲求表明自体には嘘はないのだろうが、それは突然裏切られる。

BPDの人にはその中に二極思考がある。全面的に支持して親しくなろうとするが、必ずと言っていいほどその後どこかのタイミングで全面否定に転ずる。そのきっかけ相手の問題のある行動だったり、取るに足りないような一言だったり、自分自身の妄想だったりする。

その結果、それまでの強い親愛を示す態度から突然、暴力や非難などの攻撃に豹変したりする。自傷を行ったりもする。

極端に両極に振れる感情、価値観。BPDの人を理解するためには、中心となる見捨てられ不安とならんでこの二極思考をよくとらえておく必要がある。

 

この二極思考は自分自身にも向けられ、自分を万能のように感じたかと思えば最低の人間だと落ち込んだりする。

他人にも自分にも不安定であり続ける。

そういう極端さがBPDだとこころえて対処せねばならない。

 

BPDは治るのか

遺伝的要因があり、生育環境によって発症すると言われているBPDだが、かつては治らないと言われていた。最近では治ると断言するものもよく見られる。BPDなど精神疾患に見られる海馬、扁桃体などの萎縮は回復可能とも言われる。

しかし、寛解するというのは社会的に適応でき、診断基準を満たさなくなることであって、本人の傾向が大きく変わることではないから、問題は残り続けるのではないかと言う印象を持っている。

このテーマについて家族会のログに次のようなものがあったので引用する。

BPDは寛解するのか?

家族にとってこの質問は大きなテーマであり、その答えに対する大きな期待と関心を持っています。
専門家の意見はまちまちなので当事者も家族も混乱します。
35歳・40歳を過ぎれば自然と「良くなる」とか「治る」という先生もいらっしゃいます。
現に家族会の顧問のBPDの専門家の先生の間でも意見が異なりますから
・・・(苦笑)
しかし、BPDに関わる専門で現役の先生の意見や最新の情報ではやはり、BPDは「自然」に治ることは非常に難しいということでした。
8年前にBPDと診断され、姉を診てくださっている
主治医にも3日前に確認してきました。
「医師によって、BPDは35歳、40歳を過ぎたら、寛解ではなく自然と治る(完治する)と聞きましたが、先生の見解を教えてくださいと尋ねてみました」
BPDを研究している主治医の答えは、
昔の見解は、BPDは35歳を過ぎれば「自然とよくなる」と言われてきたが、BPDはそう簡単に寛解することは難しく、ましてや、治らないことはないけど、そう簡単に治ることは
なお難しいということでした。
治るというのは、歳とともに激しい衝動性や攻撃性は
(落ち着いてくる)ものの、根本的な部分はそう簡単には治らない。現在も高齢者のBPDと診断されて受診している人は当病院にもいるとおっしゃっていました。
普通、30代、40代ぐらいになれば人として
まるくなると言われているけれど、そのような考え方は「一般化」し過ぎている。BPDにはあてはまらない。考え方の癖・行動の修正はそう簡単には変わるものはなく、ちゃんとした治療が必要であるということでした。
つまり、自然に治るという考え方は科学的な根拠が無いということでした。
また、仕事ができていれば「完治」といわれていますが、当家族会でご相談される多くの家族のお話では
仕事はちゃんと果たしているものの、家に帰ると
暴言・暴力(青あざや骨折させるほどの暴力行為)器物損害など
日常茶飯事となっている当事者もいます。
家で大暴れしているのに、仕事ができていれば「完治」していると
いうのは不自然さを感じます。

 

 内容はまだ続くので、リンク先をご覧頂きたい。
 対応の仕方を学び、寄り適切な行動をとれるようになることが望ましいのは間違いない。そのためには本人の努力が重要であるし、サポートなしにはなしえないだろう。
 ともかくも、やはり自然に完治することは考えがたく、治療をしても対応がうまくなるだけで本質が大きく変わるものではないという印象が強い。完治はかなり難しそうだ。
 同じページ内に引用されている研究の結論部分を引用する。
 
本研究結果から、境界性パーソナリティ障害患者における持続的な症状の寛解は、持続的な回復よりも著しく高い割合で認められ、境界性パーソナリティ障害患者における持続的な寛解と回復の達成・維持は、その他の形態のパーソナリティ障害を有する患者と比較して、著しく困難であることが示唆される。

 

BPDは寛解に達することは出来るが再発率が高く、回復状態を持続することは残念ながら難しいようだ。寛解していると言われていても、強いストレス等で症状が現れてしまうこともあるだろう。そんなときの対応を学んで行くしかないのだろう。

amazon書評から

愛した人がBPD(=境界性パーソナリティ障害)だった場合のアドバイス―精神的にも法的にもあなたを守るために 単行本 – 2008/8/15

 この本は、BPDと別れるために役立つ本かもしれない。
 BPDに接する人へ向けられたアドバイスの書。
 その書評から引用。
ナデコシ

2012年6月18日

形式: 単行本|Amazonで購入

彼と別れて1年が経ちました。彼は境界性人格障害(BPD)の持ち主でした。一年を経てこのレビューを投稿する気持ちになりました。

恋愛の対象がもしBPD(境界性人格障害)だったら・・・。そのような方は、ぜひこの本をよく読んで客観的にご自身を見られるようにしてください。

そもそも BPDとの付き合いの悩みに対し本当に親身になって相談を聞いてアドバイスをくれる人が周りにいるでしょうか・・・。BPDの行動はあまりにも現実離れし、突飛なものだから 友人たちにはその次元を共有することは無理です。せいぜい同情程度で請け合ってもらえないですね。
BPDに悩まされるという立場になったことのある人でなければ、理解してもらえないのが現状です。

私はこの本の教示を理解しある程度それに従うことが、結果的に自分を本来の自分に戻し一般的な幸せ(普通の状態)に戻す術だったと思います。
この本に出会う前は私自身がBPDの彼に わけもわからず振り回されてきたからです。
こちらに非がなくても、うつろう彼の気分次第でいろいろなことが起こるのです。そのような行動を示唆し対処法をこの本では記述しています。

相手を、愛しているかも知れませんし信じたいかも知れません。そして、守ってあげられるのは自分しかいない、そう思うかもしれません。恋人なら当然そう思うはずですから。私もそうでした。

もし、この世に彼と私しかいなければ一緒にいると思います。でも、自分の親族や職場など今後の人生、多くの人々とまだまだかかわっていくなら・・・ そう思うと 彼と一生を共にすることは諦めるしかありませんでした。かといって彼を「愛していない」わけではないです。

皮肉なことにこの本に会わせてくれたのは、彼でした。(彼は私を助けたかったのでしょうか….)
図書館に彼が私を連れて行ったとき 偶然に手に取ったのがこの本でした。(その後 このアマゾンのサイトから購入をしました)
本の内容は、まるで彼の行動・言動の台本のようでした。BPDはすでに研究され、このように書籍となっていることに驚きましたし、BPDと向き合って悩んでいた私にとっては有難いことでした。

愛する人が境界性人格障害(BPD)だったなら。どうか自分を見失わずにこの本を携え、指針にしてみてください。

 BPDの人を支えてやっていくという選択肢に対して、離れるという選択肢も当然あるのだが、相手にとらわれてしまってなかなかそこに行き着けない人も多そうだ。
 あまりにも常識外れとしか言いようがないBPDの人とつき合う苦しさはなかなか理解してもらえない。
 そんな中で本書は一つの助けになるのかも知れない。

弁護士ドットコムの相談から

相談事例を引用。

これもかなり厳しい状況。

 

境界性人格障害の家内との離婚調停

家内とは結婚6年目ですが、普段はとてもよい関係にあるものの、些細なことで機嫌を損ねられ、何日も口を利いてくれなくなったり、実家に帰られたりしております。言い方がきついとか、そうでないというようなことでです。最近は、家内が掃除をしていて、その日はいっしょに出かける予定があったので、掃除が終わるのを待っていたのですが、一段落したように見えたので「あと、何かある?」と聞いた時、「トイレに行くって言ってんだろ!」とひどく苛ついた言い方をされたので、「そういう言い方、やめないか!」と言ったのですが、これが気に入らなかったようで、以後、口を利いてくれなくなりました。私を徹底して避けるようになり、「たった一言で、なんでそうなる?」と言っても、完全に無視するか、私をひどく非難するか、です。そのまま2週間以上になりますが、家内は離婚調停申し立てをしたようです。以前にも申し立てられたことがあり、その時は期日直前で取り下げてくれましたが、今回は取り下げてはくれないかもしれません。家内は、私が急に怒りだしたと言うでしょうし、私を避ける行為を「そういうの、やめなよ!」と言い続けたことも、「怒鳴り続けた」と言うと思います。冷静になって話をしようとすると徹底して言葉を遮られ、言いたいことをまったく言わせてもらえず、「ちょっと聞いてくれよ!」と語調を強くして言うと、これも怒鳴られたと言われます。出ていこうとするので腕を掴むと、「暴力を奮われた」と言われました。
メールでですが、精神科の先生に相談したところ、情緒不安定型境界性人格障害で間違いなさそうであり、本来は早急に治療が必要な状態ということでした。
家内とは一度も冷静な話し合いができず、話し合おうとしても言葉を遮られるか、完全に無視されるかのどちらかで、調停もやむを得ないと思っていますが、夫婦カウンセリングに通う、期間を決めていったん別居してみる、細かいルールづくりをするなどの提案はことごとく拒否され、拒否する理由さえ言わず・・・。以前には「何があっても我慢する。言葉を発するだけでなく、ムカついた表情を見せることもダメ」と無茶な要求をされましたが、元通りの仲のよい状態に早く戻りたく、しかたなく承諾しましたが、今は「約束を破った」と言われます。このような状態ですが、離婚を避けることは難しいでしょうか。
このケースでは些細なことからBPDの妻がたびたび離婚調停を申し立てるという。
・些細なことで機嫌を損ねる。
・口をきかなくなる。
・話し合いが成立しない。
・事実を曲げて被害を訴える。
・離婚調停を申し立てる。
常軌を逸しているが、BPDではありがちだ。
それでも相談者は元通りの仲のよい状態に戻りたく、離婚は避けたいのだという。
仲のよい状態がBPDが関係初期によく見せる一時的な理想像のようなものであるなら、それを恒常化することは困難かも知れない。それを追い求めても、苦しむだけかも知れない。
BPDのパートナーに問題があるケースについては、以下を参照すると良さそうだ。

境界性人格障害の被害に遭いやすい人

ここでは、自己愛性の高いパートナーがBPDのよい時を忘れられない場合の問題を指摘している。

NHK ハートネットの掲示板から

BPDは当人が生きづらい一方で、周囲の苦しみもまた激しい。

最近はネット上でBPD被害を訴えるものが目に付く一方で、BPDの家族がいかにして対応すればよいかを考える家族会も存在し、家族には救いになっているはずだ。

ただ、まだまだ周囲の人の苦しみを充分吸収できる状態ではないのかも知れない。

NHKハートネットの掲示板では、ちょっと古いが被害者の立場での番組での取りあげ方を訴えるものがあった。

BPD患者の周囲の人の事も知って欲しい
夫さん / 30代 / 夫
記事ID: 46187

私はBPDの妻を持つ夫です。
離婚を控えている身です。

こういった特集は当然ながら患者当事者の声が多く扱われるものだと思います。
ですが、その周囲に居る者の苦しみも是非知って頂きたい。

BPD患者の行動化症状は、BPDでは無い私達周囲の者にとって、とても理不尽で理解が出来ず、時には社会的影響も大きく、個人では抱えられぬ程の痛みをともないます。

虚偽によるストーカー通報などよくあるかと思います。
危うく前科が付く処であったり、社会的信用を失い、最悪の場合は裁判にまでなる方もいらっしゃいます。
私自身も妻の被害妄想により通報され連行されたことがあります。

そしてBPDは周辺の人間関係を引っ掻き回します。友人が一人、また一人と減って行きます。
言われの無い噂が広まっていたりもします。
二者関係でがちがちに固定され、気付けば逃げ場を失います。
拒絶すれば言葉や身体への暴力が待っている事もありますし、自傷行為に走られることなぞザラにあります。

そして極めつけは…例え妻が深刻なBPD患者であろうと、離婚の際は親権を持って行かれる…というシステムの危険性です。
これはもう個人ではどうにもなりません。
考えられますか。子供が犠牲になるのです。
でも私達は相談する場所が何処にも無く、行政の協力も仰げないのです。

このEテレの特集をただ「理解が得られにくく苦しくて可哀想なBPD患者」という視点だけで終わらせて欲しくはありません。
是非ともしっかりと、周辺の声も拾って下さい。

投稿日時:2015年09月01日 04時02分

https://www2.nhk.or.jp/heart-net/voice/bbs/commentlist.html/index.jsp?message=18706

深刻な問題で、BPDの相手に虚偽というか、妄想に基づいて通報されるようなことはそれなりにあるらしく、そうでなくても事実と異なることを告げられるなどで孤立させられ、社会的信用を失うようなことはよくあるようだ。

二者関係の中では暴力、暴言、自傷、自殺企図に悩まされ続ける。

理解と支援の中で症状を寛解させていくことが出来ればいいが、それもなかなか難しく、離婚の選択は当然検討される。

このケースでは離婚に伴い、父親とBPDの母親の間で親権争いが起こることが予想され、親権を母親側にとられることを危惧している。

多くの場合父親がフルタイムではたらいており育児が困難な上、休日も育児経験に乏しいため良好のな環境を提供しがたく、親権を母親に認めることが多いらしい。しかし、母親がBPDで子育てに問題があり、父親側に問題の無い環境を提供できることが示せれば、なんとかなるかもしれない。実際にはなかなか難しそうだ。

父親が親権を獲得できる条件について

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